第 3175 号2009.11.29
「 無題 」
この度の、森繁久彌先生ご逝去の報に接しまして心より哀悼の
意を表し、かつて先生よりご投稿を頂きました2作品を2週に
亘り特別再掲載させていただきます。
「名曲の夕べ」(現「風の詩」)第1560号1978年掲載
お濠の前の道にも、秋の薄絹の雲がおりてきている。
吸いこんで吐くと水晶の香いがする。
今朝は歩道の靴音が、やけに跳ね返して、わたしの楽屋入りに調子をつける。
“屋根の上のヴァイオリン弾き”
思えば十年の間に、父親のテエヴィエは迷いに迷ってこの道を通った。
この年老いた役者に、白鳥がやさしく近づいてくる―
心なしか一人の友のように
彼女も十歳をこえただろう
わたしは六十五歳の秋を迎えた。
森繁久彌