「 15年目の嫁入り道具 」
永井 友美恵(鹿児島市)
「借家に住むのだから、なにもいらないわよ」東京から九州へ嫁ぐ娘は、いたってそっけない。親としては、あれこれ持たせたい、買ってやりたいと思っていただろう。元々、夫も私も物を置かずスッキリ暮らしたいほうだったので、わざわざ東京から嫁入り道具だなんて、その頃は考えもしなかった。ささやかな自宅ができた時も、あいかわらず家具とよべるような物は少なかった。
去年の秋、実家の母が80歳になったお祝いに湯河原の温泉旅行をプレゼントし、久し振りに父と母、夫と私4人で出かけた。帰りに鎌倉へ寄ってみようということになった。数年ぶりに鶴岡八幡宮へ行き、昔から門前にある鎌倉彫の店に入った時の事だ。
いずれも逸品揃いで、目の保養にと思って見ていたのだが、その中の朱色の小引出しに目がクギ付けになった。それは深さが1センチ以上もあろうかという彫りで、文様は全面に葉をつけた大きな柘榴、それは和とも洋とも言えないふしぎな雰囲気と品格をたたえた見事なものだった。母も一目で気に入ったらしく、お店の人の説明を聞き入っていた。そして突然「あなたに、これ買ってあげる」と言いだした。「嫁入り道具も何も持たせなかったから…」結婚して15年もたっているのに母はずっと気に掛けていたらしい。しかしその小引出しは、りっぱなタンスが買えるくらい高価で、私は一瞬ためらった。旅先でもあるし、とても気に入ってはいたが、生返事の私をさておいて、東京に戻ってからの母の行動はすばやかった。お店に電話をいれ、まだそれが有るのかを確かめると一人で鎌倉まで出かけていき、九州へ送る手続きをあっというまに済ませてしまったのだ。
一人娘を遠くに嫁がせた母の気持ちが今ならよくわかるけれど、新しく始まる生活に気をとられていた頃には考えも及ばなかった。遅れてきた嫁入り道具を毎日眺めながら、つくづくありがたいと思っている。