「 こんな日が来るとは思わなかった 」
モンブラン(ペンネーム)
私の夫は 自己中の仕事人間である。任された仕事は120%の努力で返したい。その為にサポートをするのが家族の役割と考えている節がある。自分の忘れ物を都心の職場まで届けさせるのは当たり前、休日は翌日からの仕事に備えてリラックスしたいと 打ちっぱなしにフィットネス、銭湯すらひとりで出かけてゆく。
仕事を休んで子供たちの入学式や卒業式に出席するなんて知識は彼になく、最近も12月30日に同僚とゴルフをしたいと言い 私を呆れさせた人である。
昭和のモーレツサラリーマンの様な夫にいつの頃からか この人に何かを期待するのは諦めようと思ってきた。
そんな仕事の努力が実ったのか? 夫は重責を担うポストについた。しかし、半年前に就いたそのポストは かつてない激務へと変わり、帰宅は日付の変わる頃。独り言が増え苦悩する表情が多くなった。
また、夜中に眠れず身体は疲れているのに頭がさえて起きてしまうという。働き盛りのうつ病?過労死? 一抹の不安が私の頭をよぎる。
自己中だって何だって 居なくなっては困るのだ。
何とかこの流れを変えなきゃ!気分転換させなきゃ!
休日に何気なく「ドライブしない?」と誘ってみた。「もう紅葉が始まっているかもよ」。意外にも夫は鎌倉へ行こうかと言う。善は急げ!あれよあれよと鎌倉を目指す車中の二人になった。
高徳院の大仏様に感動し、長谷寺に向かった。
「20年前にもここに来たよね」そう言ったのは夫だった。「えっ?」鎌倉でアジサイを見たのは覚えている。でも長谷寺だった? 人並みの甘い恋人時代に来たお寺を主人は記憶に留め、私は忘れていた。意外だった。
初秋の鎌倉を堪能して早々に帰宅の途についた。高徳院と長谷寺だけの小旅行だったが、二人だけのドライブに私は満足していた。
夫はその夜早々に床に就き軽い寝息をたてはじめた。
翌朝。
朝食の支度をする私に「お陰で昨日はぐっすり眠れたよ。鎌倉、また行こうか」と夫。 「ほんと?」。 びっくりした。
20年も前に言ったお寺を記憶していた夫。またドライブに連れて行くという夫。
こんな日がくるとは思わなかった。少しだけ台所がかすんで見えた。