第 3163 号2009.09.06
「 無題 」
大久保 朝子 (港区)
「一番しあわせな人生とは、年をとって、ロッキング・チェアに腰かけた時、思い出のいっぱいある人である」私のことだと確信した。地球の底はどうなっているのだろうかと、ウスアイアへ行った。アルゼンチンの政治犯の天然の石牢があった。厚さ一メートル近い石扉がついていた。暗黒の中に三日間位、閉じこめておいて、急に太陽の下にしょっぴき出してきたら、全員が気が狂って死ぬと言う。私は、珍しいこの話を皮切に、40数ヶ所、外国を見て廻った。私には流行に飛びつく悪癖がある。「自費出版のすすめ」と言う吊る紙を見て文才もないくせに一冊書きあげた。最後に「この人を使って下さい」と言われて、「何ですか?」と、きいた。「この人が書きなおしたら売れるんです」と言われた。「私が出版費を出すのですから、一字も書きなおさないで下さい」と大喧嘩をして、私の自費出版の本には、出版社の名前は印刷されていない。もちろん売れなかった。二、三日は、悪評の返事で私のポストは、はみでるほどであった。
幸運に恵まれることもある。若くもなく、美しくもないくせに、社交ダンスに夢中になったことがある。新宿のグランド・ホテルのこけら落としでルンバを踊らせてくれた。池袋のメトロポリタン・ホテルのこけら落としにも、タンゴを踊らせてくれた。私が最高に嬉しかった人生だった。シンデレラのようなコスチュームを着られるとは夢のようであった。
幸運は、あとからついてくると言う。