第 3154 号2009.07.05
「 合歓の木 」
安藤 タエコ(ペンネーム)
「あのー、すみません!」おそるおそる親方らしき小父さんに声をかけた。
小父さんは“なんだ、何か文句があるのか”とばかりに睨みつけるような表情で私の方をみた。赤銅色に日焼けしたおじさんの顔はまるで閻魔様のようだった。
「あのー、お願いがあるんです。あの木を切らないで欲しいんです。あれは合歓の木なんです」と雑草に紛れて生えている木を指さした。
おじさんはな~んだといった表情で、
「ああ、合歓の木ね。わかった」とキッパリ答えて、すぐに若い衆に「あの木を残したって」と指示していた。
よかった!
我家の前の川縁に合歓の木の大木がある。
夏の夕暮れどき、それは絹糸の束をパッと散らしたような優しい花が咲き、甘い香りがする。葉は夜になるとゆっくりと自分で閉じる。淡桃色のふわふわの花々が点々と木々の葉の中に見え隠れしている様子は詩的で、幻想的で、その辺りだけは別世界のよう。
その合歓の木から少し離れたところに、小さな合歓の木が育ち始めた。
前を通るたびに早く大きくならないかなーと楽しみに眺めていたのに去年の今頃、名古屋市が定期的に行っている夏草刈りで、無残にも刈り取られてしまったのだ。残った切り株を見て残念で仕方なかった。
ところがその切り株から今年再び枝が出て、八十㎝ぐらいの高さに育っている。今年こそは残して欲しいと思い、“この木を切らないで下さい”と書いた札をぶら下げようかなと思っていたので、キィーン.キィーンという草刈機の音が聞こえたとたん、外に飛び出してしまった。
次の日、刈り取った草の積み込みが行われていた。
「きのうはありがとう。来年が楽しみだわ」と小父さんに声をかけた。
小父さんは、恥ずかしそうにも口の中でもぞもぞと何か言った。