第 3149 号2009.05.31
「 赤い雨靴 」
dore3chan(ペンネーム)
長年勤めた仕事を辞め、少々時間をもて余したこともあり、学童保育のボランティアを始めた。かつて我が子がお世話になった恩返しの意味も込めて。
その日は朝から雨だった。それでも子供は元気だ、雨ということもあり肌寒いのに、元気な声をあげてやってくる。
お帰りと迎えながら、入り口をふっと見ると色とりどりの雨靴が脱ぎ散らされている。おやおやとそれらを揃えて片付けているうちに、ふっと記憶の底からある情景がよみがえった。
小学生の私がランドセルを背負い玄関のたたきに座り、脚をばたばたさせて泣き叫んでいる。
「いやだ!いやだ!こんなのいやだ!!」
私の前には兄のお古の黒い雨靴が出してある。
「いや。絶対いや!お隣のまきちゃんだって、お向かいの由美ちゃんだって、ピンクや赤い雨靴なのに、どうして私のは黒なの、いやだ!」と更に泣き叫ぶ。
母はそんな私をなだめる風もなく、黙々と背中を見せ家事をしていた。
私の記憶によると、確かその日は駄々をこね、結局学校を休んでしまった。でもかといって女の子らしい赤やピンクの雨靴を買ってもらった記憶もない。一日泣いて気が済んだのか、母の丸い何も言わない背を見てあきらめたのだろうか。
物思いに沈んでいた私を、子供たちの屈託のない声が現実にひき戻す。
今は亡き母に問いかけてみる。靴売り場を素通りできず、つい靴を買ってしまい、我が家の下駄箱に入りきらないという困った私の習性は、あの日に起因しているのだろうか、と。
遠い記憶の中で、あの日と同じく母はただ丸い背中を見せるだけである。