第 3148 号2009.05.24
「 すてきなあなたに 」
美 弥(ペンネーム)
結婚式を目前に控えたある日のこと、「お父さんが、これをあなたにって。」と差し出した母の手に、一冊の白い本があった。
真っ白な表紙に、「すてきなあなたに」の文字が、温かく、美しく映えていた。
母が若い頃から愛読していた雑誌を、私もいつしか手に取るようになり、その中のエッセイ「すてきなあなたに」は、毎号楽しみにしていた読み物のひとつだった。日々の暮らしをちょっとおしゃれに楽しくする話題が、優しい語り口でちりばめられ、著者のやわらかな感性や思いやりに、憧れを抱きながら読んだものだ。
エッセイが一冊の本にまとめられたと知ったとき、こんな本をそばに置いておけたらいいな、と心によぎったのを覚えている。
ソファに身体を沈めて一心不乱に読む娘の姿を、いつも目にしていたであろう父からの、思いもよらぬおくりもの。読書好きの父が、本屋で偶然見つけて思い立ったものか、それとも、前々から贈ろうと心に決めていたのだろうか。結婚前の娘にさまざまな思いを込めて手渡すのは、相当に照れくさいことに違いない。そして、題名に込められた父の願いを感じる、娘のわずかな気恥ずかしさも、母を介して、消えていった。
あれから25年、夫の転勤に伴い何度か引越しをする都度、お守りのように連れて行った。この白い本は、常に我が家の本棚の隅の、けれど目につく場所にある。シンプルで美しい背表紙を見るたびに、今は亡き父を思い出して清涼な気配に包まれる。そして、背筋を伸ばして、心豊かに時を重ねてゆきたい、と思うのだ。