「 妻へ 」
山田 克樹(横浜市)
午前7時30分。大都会の通勤ラッシュを前に“オアシス”を感じる瞬間がある。
私は、会社に向かうべく、居間から玄関口へ歩む。私の背後から小さな音がついてくる。
「パタパタパタ……」。更に「パァ~パ、パァ~パ……」と続く。
私が玄関のドアを閉め、外へ出た瞬間「ワァ~ン、ワァ~ン」と大きな泣き声がする。ドア越しから10m程離れたエレベーターホールまで十分に聞える。
もうすぐ1歳になる娘の、ここ最近の朝の日課?である。私は、この娘の行動に毎度感激し、「なんて愛らしいんだろう、コイツのために今日も一日頑張るぞ!」と心に誓って出勤る。
帰りの遅い私は、平日は、娘の育児のすべてを妻に任せている。
せめて休日だけは、しっかりと娘と関わりたいと思い、ここ最近は一緒の時間を過ごしている。朝から晩まで、娘と一緒にいると“愛らしさ”だけでは済まされない育児の過酷さ、を私は体験した。残酷な表現だが、“娘が凶暴な悪魔と化す”のである。「突然のダダッコは泣き出したらなかなか止まらない。突然踏ん張り始めればオムツ交換の準備……。」、娘から片時も離れられない閉塞感、逃亡すらしたくなる。この環境の中で、家事をこなし、娘の無二のパートナーとして生活を支えてくれている妻に、私は心の底から敬意を表したいと思った。
妻とは幾度と些細なことで衝突することがある。そんな時、私は妻から何を言われようが、「俺は朝から晩まで仕事をして稼いでいるんだ」という、最後の切札ともいえるスーパーカードを自慢げに隠し持っているつもりでいた。父親として、本当に小さな存在だったと今となって、初めて気付いた。
また明朝も、娘の泣き声がドア越しに響き渡るだろう。恥ずかしくて面と向かっては言えないが、“オアシス”の創設者である妻へ「いつも、本当にありがとう」の心の一言を呟いて、新しい1日のスタートを切りたいと思う。