第 3142 号2009.04.12
「 たんぽぽ 」
山本 典子(千葉市稲毛区)
午後になりガランとした小児病院の外来待合室には、優しい光
が入り、窓から春の風がそよいでいるようだった。窓際のビニール張りの長椅子に腰かけた浩隆は、スリッパを飛ばし、パジャマから出た二本の白い足を陽ざしの中に泳がせて、そのゆれる影をみつめていた。
浩隆は小学校に入学してすぐ白血病になり三年生の時に骨髄移植をうけたけれど、半年で再発し、この春、院内学級で五年生になった。最近は抵抗力が落ち、窓を閉め切った血液病棟を出られないでいた。
今日は朝から熱がなく、診療の終わった外来病棟を散歩する許可を医師にもらっていた。
「ママ、一緒にジュース飲もうよ。」
私からもらった百円玉二枚を握り、飛ばしたスリッパを探ぐりに床を見た浩隆は
「わぁ、タンポポだ!」
と、細い指でフワフワの綿毛をつまんだ。
薄い手の平でゆれる綿毛の先には、茶色い細長い種がついていた。
「幼稚園の時、タケシと原っぱで綿帽子を、フーってしたことあ
る!」
浩隆は点滴台につかまって窓辺に近づくと春の光に透かして綿毛をみつめていた。
そして
「ここにいても、芽はでないよ。」
と開け放たれた窓から、春の光の中に、思いっきり手の平をさしだした。たんぽぽの白い綿毛は、病院の前庭へ、あたたかい風に吹かれていった。
「来年きっと、たんぽぽ さくよね。」
浩隆は、ふり返ると、私に笑いかけた。
夏の終わり、浩隆は11才で亡くなった。
私は春の光が、遠い空から降る頃になると、たんぽぽのが、原っぱのあたたかい土の上で、小さい黄色い花を咲かせている夢をみる。