第 3140 号2009.03.29
「 春の訪れ 」
匿 名
毎朝、愛犬と散歩に出る。季節に合せて寄り道をして四季折々
の花を楽しんでいる。
そんな散歩コースの途中に、とても素敵なお庭のお宅があった。大きな花みずきの木があり、庭には様々な草花が植えられ、一年中花が絶える事はなかった。庭作りが苦手な私には憧れの庭だった。時々、そのお宅の奥様が庭の手入れをしているのをお見かけした。一つ一つの草花に愛情を込めて育てていらっしゃるのが、わかる様だった。
ところが2年半程前からだろうか、雑草がはびこり、花がどんどん咲かなくなっていた。荒れた庭を見て、どうしたのだろう?と気になったが、お話をした事もないので聞く事も出来ない。表札もそのままなので、お引越しをされたのでもなかった。色とりどりの花が咲きほこっていた庭は、全く色のない寂しい庭になってしまった。しばらくして、私はそのお宅の近くに住む友人から、奥様が病気で亡くなったのを知った。
それから、何度かそのお宅の前を通ったが、花が咲く事はなかった。私もそのうち以前の美しいお庭の事は忘れてしまっていた。
そして、今年の春、久し振りにそのお宅の前を通ったら、門の所に紫色のパンジー一株の小さな鉢が置かれてあった。奥様がいらした時には、毎年幾つもの大きな鉢に、紫色のパンジーがこぼれるばかりに咲いていた。パンジーは紫色がお好きだった様で、みごとな濃淡で、どこのお宅よりもステキだった。ご主人がそっと置かれただろうパンジーを見て、私はほんのわずかだが、そのお宅に春の訪れを感じた。