第 3131 号2009.01.25
「 メンバリ 」
中村 龍介(大田区)
高校に入ったころ、母に連れられてクラシックコンサートに行
った。忘れもしないメンデルスゾーンのバイオリン協奏曲。バイオリンの甘い音色に魅せられて、クラシックにはまってしまう。
早速、なけなしの小遣いでLP盤を買った。もちろんあの曲。嬉しくなって、クラシックかぶれの友人に誇らしげに話したところ、「ああ、メンバリか。入門編だな。」とバカにしたように言う。通の間ではそう呼ぶらしい。
メンバリをスタートに、LP収集は入門編から初級、中級編へと進んだ。だが、クラシック熱もそのうちに冷めていき、会社に入るころには、ポップスや演歌に興味が移った。青春時代には、メロディ以上に男心や女心をつづる歌詞の魅力に取り付かれたのかもしれない。加齢とともに趣向も変わる。あまりに目まぐるしい流行の変化についていけず、その後、再びクラシックに回帰。
聴力の衰えを感じるようになると、本物志向が強くなる。高音質のCDにも飽き足らず、生演奏を聞きたくなる。コンサート通いが始まった。しかし、不思議なことにメンバリを聴チャンスは長い間巡ってこなかった。
10月、横浜にメンバリがやってきた。前橋汀子のバイオリンに北西ドイツ・フィル。あまり聞かないオーケストラだが、バイオリンは一流だ。万を持して出向いた。
指揮者のタクトが振り下ろされ、第一楽章の旋律が流れる。バイオリンのソロが始まるころ、耳だけでなく、身体全体が演奏の中に溶け込んでいくように感じた。半世紀前の感動が蘇えり、全身に戦慄が走る。第三楽章のフィナーレが、指揮者の最後の一振りとともに終わると、場内は割れんばかりの拍手。私は、思わず「ブラボー!」と叫んでいた。