第 3120 号2008.11.09
「 紅葉のプレゼント 」
稲 野 幸 子(群馬県高崎市)
何年も前の秋のこと。私は体調を崩して家で静養をしていた。
体調が落ち着いた頃、夫は締切の原稿を抱え、友人の信州の別荘を借りて、出掛けていった。
しばらくして信州から戻ったが、残念ながら原稿は予定通り仕上がらなかったらしい。でも、なにやら悪戯っぽい顔をして、私におみやげがあるという。すぐに見せてくれるのかと思いきや、もったいぶって「今見せるから、ちょっと目をつぶっていて」、という。いぶかしく思いながらも、言われたとおりした。
「もういいよ」と言われて、どきどきしながら目を開け、思わずあっと声を挙げた。目の前に見事な紅葉の山が広がっている。食卓のテーブルの上に真っ赤なもみじの葉が、ところ狭しと並べられていたのだ。まるでたった今山から吹き寄せられてきたように。夫は私のびっくりした顔を眺めながら、満足そうに笑っていた。
仕事に疲れた時、夫は高原を散歩しながら、もみじの落ち葉を拾い集めていたらしい。赤く色づいた葉っぱを拾って帰っては、分厚い辞書のページの中に一枚ずつはさんでしまっておいたのだという。ちょうどそれがいっぱいになった頃が、帰る頃だった。
そういえば、よく見るともみじは少し色褪せて皺もよっていたが、触るとかさこそと音がして、秋の山の匂いがした。もみじは、出掛けられない私への思いがけないプレゼントだった。