第 3101 号2008.06.29
「 若竹のたのしみ 」
笹 野 さやか(ペンネーム)
「七夕の笹をどうぞ!」
「竹は要りませんか?」
夫の大きな売り声があたりに響きわたる。
いつもはシニア夫婦がひっそり暮らす我が家も、年に一度この日ばかりは門前市をなす賑わいになる。
近所の子供さん、買い物がえりのお母さん、孫をびっくりさせようとこっそり貰いにくるおばーちゃんなどなど。みんなこの日を待ちかねていてくださる。
我が家の門の脇の布袋竹の竹ヤブは、春に土を割って出てきた竹の子が、空に向かって真っ直ぐに背高く育っている。古い竹の間々に生えてきた若竹は、少々間引きしてやらないと窮屈そうに風が吹くたびに竹木や笹の葉をこすり合わせている。
この若竹を、六月一杯じっと我慢して伸びるにまかせ、七夕を待って切り出すことにしたのだ。
笹の葉は、切り下ろして1日も過ぎるとカサカサに乾いてしおれてしまう。「七夕」に丁度タイミングよく鮮度の良い笹を飾り付けて頂くためには切り時に苦労する。今年は何日の何時頃切ったらよいものかと、我らシニア夫婦はカレンダーを片手に天気予報に耳を傾け、細心の注意を払ってその日を慎重に協議する。
この「幸せを売る」(といっても勿論無料)売り声をあげ初めて10年以上になるが、今では私達にとっても幸せ一杯の年中行事になっている。
何年か前ポストにお礼のお手紙を落としてくれたお嬢ちゃんはどんな少女に育っているかしら?去年身の丈の何倍もの竹をウンウンいいながら担いで帰った腕白坊やは今年も貰いにくるかしら?アパートの窓に飾りたいからと、小さな小さな笹を持っていったお勤め帰りの若い女の方は願いがかなったかしら?と次から次へと思いを馳せながら今年も笹竹の切り出しの日を待ちかねている私達シニア夫婦である。