第 3100 号2008.06.22
「 蛇の目 」
たなかひとみ(ペンネーム)
「ピチピチチャプチャプランランラン」
いつも歌っていた。この響きの楽しさが雨の日の憂鬱を解消してくれていた。その絵のような光景の一番のお気に入りは「母さんが蛇の目でお迎えに来てくれる」というくだり。小学校のころ、父が長く入院していたので急な雨のお迎えは祖父母だった、という原因も確かにあったであろうとは思うが、実はこども特有の大きな解釈の違いにあった。
「蛇の目」はジャノメ、漢字で聞こえるはずもなく、なんのことやらわからぬ響きはこどもの頭にカタカナで入力される。その結果、当時流行だったミシンメーカーの名に重ねたのである。
しかし、ミシンがお迎えに来るはずがないことは幼いながらに理解。となると・・・「母さんはジャノメという車で迎えに来たのだ!」
不思議な展開になってしまったのは若干七歳の思考回路。
お母さんなのに車も運転できる。昭和四十年代の田舎ではそんなハイカラなお母さんに出会うことはなかった。お金持ちのお屋敷のかっこいいお母さんだ・・・。
テレビドラマの美しい女優さんを想像して「雨の日のお母さんのお迎え」はさらなる憧れへと発展していった。
おとなになった今もよく口ずさむ。大きな蛇の目傘で雨音を聞きながら楽しく雨の中を帰っていくその姿を思い浮かべる前に、何度ぬぐっても、まず車で迎えに来た美しいお母さんが頭を過ぎってしまう。こどもの記憶は薄れないものだ。