第 3097 号2008.06.01
「 ガタンゴトーンという大事な音 」
篠宮 晴子(東京都東久留米市)
大好きな電車。揺られるままに体を任せて、のんきに窓の外に広がる景色を眺めるのが好き。でも、最近の電車はあのガタンゴトーンという音がしないのだ。
小さい頃、転勤で時々寝台列車に乗った。子供でも最上段は足をのばして座って頭は天井スレスレ。そしてあのホームの低い上野駅から列車はゆるやかに青森駅へと滑り出す。
ガタンゴトーン、ガタンゴトーン。時々ピーッと踏切を通る時の音だろうか、けたたましい音が鋭く弧を描く。今夜の子守唄。
遠-くへ、いつもいる所ではない所へ連れて行ってくれる音。
そして揺られ揺られて青森。大事なプロセスの音。その列車で私は初めて三角に切ったトーストを見た。そこは食堂車のカウンター。うちにだってトースターはあった。パンが焼けると飛び出すあれだ。何故かよく焦げた。でもここのは違った。三角だし。そしてあのトマトジュース。甘くないジュースが世の中にあるんだ。という驚き。味?じわじわとおいしいものだった。そして極めつけは半熟卵。なおかつその食べ方。器に無理に立たせて上の方の殻を破り塩をふって食べる。まるで外国にきた様だった。そして素晴らしくおいしい。思えば全てカルチャーショックだ。
そう、ガタンゴトーンという音がまるで誘い水の様に私を、あの時のあの場所へ連れて行ってくれる。夢の様なプロセス。そして、さよならとはじめましての間。この音がないと、いつの間にか連れていかれてしまった様な気がするのだ。変わるんだぞー、という実感を持つ事が出来たのだ。あのガタンゴトーンという音で。
電車に乗るたび、私は夢想する。“ああ、あの音が聞けたらなあ”と。目を閉じればその音から瞬時に全て想い出せそうな気がする。