第 3090 号2008.04.13
「 母いちご 」
水無月ようこ(ペンネーム)
実家の近くに苺栽培ハウスがあって一押しの[女峰](にょほう)が美味しくなると[宅配便で送ると傷むから食べにおいで]と母が電話をしてくれる。この時期娘を呼び寄せる恰好な果物なのだ。ひとり暮らしをしている事を気に掛けながらも、中々訪ねてやれない母とこの時ばかりは努めて朗らかに[やっぱり、女峰はここで食べるのが一番だね][そりゃ、そうだ、なんてったって朝摘みだもの]と弾む会話に苺の香りが茶の間に広がった。けれど多忙を言い訳に急いで帰り支度をしてしまう。暮れ方、部屋の照明を点けてから母をひとりぽっちにして行くのが嫌だった。
蛍火のような門灯の側で車が見えなくなるまで立っていると言う母を振り返ってやれない自分を恥じ、陽のあるうちに帰るにしても取り残される母の寂しさをどうしてやることもできないのだが―。それなのにお土産の苺を手渡してくれ[今日は好い日だった♪]と送り出してくれる母でした。大粒で甘い[女峰]は傷みが早いとの理由で少し酸味はあるが日持ちする[とちおとめ]に改良された。人にも苺にも時代があるのだと思わせてまもなく母は他界した。
思い出は忘れなさいと云うように
[女峰]が[とちおとめ]に代わりし店先
自分でこんな短歌を詠みあれから仏壇に供えるのは[とちおとめ]になったけれど母さん、私は[女峰]が大好きです。