第 3086 号2008.03.16
「 アッツ桜 」
匿 名
同時に植えた球根だったのに、何故か赤いチューリップが一
番先に咲き、次にピンク、そして最後に黄色が咲いた。チュー
リップが咲くのを楽しみにしていた義母は、その黄色をとても
気に入ってくれた。
春の陽差しの中で、輝くように花が咲き誇っていた日に、義
父は九十五年の命を閉じた。
バタバタと、まるで早送りのコマのように型通りに事が運ば
れ、義父の死を現実と実感できぬまま、忙しい日が続いた。ふ
と気付くと、チューリップは皆横に倒れ、葉も色が変わり始め
ていた。
ようやく時間ができ、庭仕事をやることができた日、黄色く
なり始めたチューリップの葉を切りそろえた。周りの雑草も取
り除き、枯れたパンジーの花を摘んでいた時、ふとその陰に小
さな小さな濃いピンクの花を見付けた。アッツ桜ではないか。
それは去年の春、義父の看病が始まった頃、義母が「あんまり
かわいかったから買ってしまったの。」と言って植えた花だった。
しばらくの間目を楽しませてくれていたが、花が終わると、ど
こに植えたかも忘れられてしまっていた。
それが、いつの間にかしっかり根を張って今年も咲いてくれ
たのだ。小さな蕾も二つ三つある。命は続いていたのだ。私は
急いで義母に知らせようと、サンダルをぬぎ散らして家の中に
駆け込んで行った。