第 3083 号2008.02.24
「 さくら子の「約束」 」
小原 ミツコ(新潟県上越市)
さくら子は、わが家にきてから十七年間、一度も咲かなかった桜の木です。桜の季節になると真っ白いすももの花が咲くので、いつの間にか桜の花のことを忘れていました。
ある年、近くに高速道路ができることになって、わが家は引っ越すことになりました。新しいところへ移す木には黄色い印がつけられ、植木屋さんが引っ越しの準備を始めたのですが桜の木には印がついていませんでした。
越す年の春なにげなく庭を見ていると、桜の木にぽつんぽつんと白いものが見えるのです。そばに行くと「わたしを置いて行かないで」と言っているように、数えるほどの花が咲いていました。
移す準備をしていなかった桜の木は、枝を切り落とし、ユンボーで掘り起こしたまま運ばれました。傷だらけになった桜の木に、植木屋さんが雪で倒れないようにと、丸太で支えをしたり、幹に布を巻いたりして養生をしてくれました。
越して間もなく雪になりました。ひと冬無事過ぎて四月、弱っていた桜の木は「ありがとう」と、また数えるほどの花を咲かせたのです。
三年目の春でした。ソメイヨシノの盛りからやや遅れて「さくら子」は満開に咲いたのです、ヤマザクラでした。風情ある花は上品で、美しい着物を着てそこに立っているようでした。そしてある日ふと外を見ると、風もないのに桜の花が吹雪のように散りました。さくら子が見事「約束」を果たした瞬間でした。さくら子の演出に鳥肌が立ち、妖気さえ感じた一瞬でした。十七年咲かなかった桜は毎年みごとな花を咲かせて、小さな画廊のシンボルツリーになりました。
私はいつも「さくら子」と話をしているのですよ。