「 神様との約束 」
荒井 隆志(練馬区)
「今年も行くの?」と妻が不満気な声で聞く。毎年、大晦日の午後、明治神宮へ参拝に行くことにしている。正月の準備に忙しい彼女には、迷惑なことなのかもしれない。
JR原宿駅から玉砂利の道を踏みしめて、大鳥居をくぐると神殿に着く。
お参りをすませて、帰りには必ず、御符(おふだ)を買う。年末のこの奇異な行動は、不幸のあった年を除いて、もう三十五年間続けている。
大学浪人だった頃、部屋のラジオからニュースが聞こえてきた。「明日の初詣に向けて、明治神宮ではその準備に追われています。ちらほらと、早めにお参りに来る方の姿もみられます」という内容だった。先んずれば人を制すである。大晦日にお願いに行けば、元旦に出掛ける受験生よりも、優先して合格させてくれるかもしれないと思った。
一人で原宿駅から、コートの襟を立て、ポケットに手をつっこみ、足早に歩いた。賽銭を遠くに投げて、神様にお願いした。「どうか大学に合格できますように。もし、願いをかなえていただきましたら、大晦日には毎年、お参りに来ます」と心の中でつぶやいた。帰りに、お守りでなく御符を買った。こちらの方が御利益があるような気がしたのだ。
家に戻り、さっそく御符を自分の部屋の柱に貼り付け、大きな柏手を打って、祈った。
その甲斐があってか、大学に合格をした。それからは、必ず大晦日に明治神宮に参詣をして、御符を買い求めるようになった。お陰で、これまで大過なく過ごしてきた。
結婚してからは、手を合わせるわたしの隣に妻がいるようになった。
「今年も来ましたよ。顔も老けて、お腹に脂肪も付きましたが、まさしく本人です。来年も家族が元気でありますように」と拝む。これからも、年末には明治神宮に行きたいと思っている。何しろ「願いがかなったら、毎年、大晦日に来ます」と神様と約束をしてしまったのだから。