「 小さな出来事 」
マ リ モ(東京都三鷹市)
息子が2歳だった頃の話です。路線バスに乗ると、息子は降車を知らせるブザーを押すことを楽しみにしていました。
あるとき、他の乗客の方が息子より先にブザーを押したことがありました。ハッとした顔をして慌ててブザーを押した息子は、自分が押す前に色が変わってしまったブザーを見て、何が起こったのかわかったようでした。
すると「また今度押そうね」と言った私の言葉を聞いたか聞かないかのうちに、ワーッと大声で泣き出してしまったのです。
「みんなのバスだからいつも押せるわけじゃないのよ」「次は押せるからね」などとなだめてみても、一向に泣き止む気配はありません。他の乗客もいるのに公共の場でこんなに泣いて・・・私はいたたまれず途方に暮れてしまいました。
そのときです。『次止まります』と赤く点灯していたブザーのランプが消えたではありませんか。驚きながらも息子に急いで「ホラ押せるよ!押してごらん!」と促し、息子はブザーを押すと泣き止み笑顔を見せました。
申し訳ないやら恥ずかしいやら嬉しいやら・・・涙がでそうになるのをこらえてバックミラーを見ると、「いいんですよ」と言うように優しく微笑んでくれた運転士さんの顔がありました。近くにいた乗客のご婦人も「良かったわねえ、僕」と笑顔。
思い通りにならなかったといって大声でなきわめく息子、それを止められなかった母親の私。家に帰って落ち込むところを運転士さんが助けてくれました。
運転士さんの行動は他の乗客からみれば余計なことかもしれません。
運転士さんも息子がうるさいから仕方なくブザーをもう一度押させてくれたのでしょう。でもマニュアルにはないであろう運転士さんの行動は、
「ああ、子供は私一人で育てているんじゃない」「周りの人に助けられて支えられて育てているんだ」と実感できた、私にとって本当に嬉しい出来事だったのです。
今息子は3歳になり、ブザーを押せなくても泣くことはなくなりました。もちろん息子はブザーをもう一度押させてもらったことなど覚えていません。
いつかもっと大きくなったらあの日のことを教えてあげたいと思います。
そしてそんなささいな出来事にママがどんなに救われたかということも・・。