第 3058 号2007.09.02
「 潮鳴りの詩 」
千葉 祥子(渋谷区)
貝に耳を当てた。かすかに遠く潮鳴りの音がする。久しく忘れていた海の香りと風の音がする。
海の近くに育った私は、いつも四季折々に変化する海と風の中にいた。
春……のどかな海。穏やかな春の日ざしの中、友達と砂遊
びに興じたり、子ガニとたわむれたり、春風が「春だ
よ。」とほほをなでて通り過ぎていった。
夏……泳ぎ疲れて座敷で昼寝。開け放った座敷。かすかに、
風鈴の音を聞きながら、いつしか寝入っていた。
秋……人影もなくなった海辺。すすきの原を一陣の秋の風が
通り過ぎていった。
台風……穏やかな海が一変する。白波を立てて大波が
襲いかかる。家族皆で息をひそめて台風の過ぎるのを
待つ。
台風一過、コスモスが、ひそかに風に揺れていた。
冬……鉛色の日本海。白い波頭が岩を打つ。吹雪を巻き上
げ、荒れ狂う。風が止むと、音もなく、しんしんと雪
が降り積もる。
この地で八十七才の生涯を過ごした父が亡くなった。上京して一年、ふるさとと海をなつかしみながら亡くなった。
海の見える松林の墓地。父は静かに眠っている。魂はこの地に帰ってきた。
貝を耳に当てた。いろいろな思い出が、風のように通り過ぎていった。