第 3056 号2007.08.19
「 無題 」
匿 名(世田谷区)
「今年の夏は夏らしい事ひとつもしてないなぁ。」
久しぶりに都合の合った仕事帰りの親友が助手席で呟いた。彼女の視線の先には、プール帰りであろう小学生の女の子達がアイスを食べていた。
それはまるでちょっと前の私達だった。あの頃は夏休みになると、たくさんイベントが待っていて、夏の終わりには真っ黒に日焼けした肌を自慢し合っていた。
あれからちょっと過っただけなのに、いわゆる大人の私達に夏休みは存在しない。私はふと、後部座席に放り投げた花火を思い出した。昨日ガソリンスタンドのサマーキャンペーンで当てた五等の花火。
「ねえ。花火やる?」
「花火?あるの?」
アニメのキャラクターもどきが描かれ、二十本程しか入っていない、いかにも子供騙しな手持ち花火を手にニヤリと笑った。
「いいねぇ。」
私達は家に車を停め、コンビニに寄り缶ビールを買って近所の公園へ向った。こんな五等の花火でもなぜだか大イベントの様に感じられ胸が高鳴った。
日が落ちかけの小さな公園に人はなく、その静けさが二人だけとり残されたみたいでわざと声を上げて花火に火をつけた。懐かしい火薬のにおいと一緒に、風が秋のにおいも運んできた。
花火はあっという間に終わり、最後にお決まりの線香花火が残った。
花火のしめは膝をつき合わせてのこれにかぎる。
「じゃあ、負けた方がこの後のビールもう一杯おごりね!」
「よし。負けないよ。」
落ちかけだった太陽も姿を消し、小さな公園で二人、あの頃の様に賭けをした。賭けるものがジュースからビールに変わったけど。
秋がすぐそこまで来てる中、私達はやっと夏らしい事をした。