第 3054 号2007.08.05
「 特効薬 」
島田 えみ(ペンネーム)
ある日、母から宅配便が届いた。中身はちょっと高級なコーヒー豆とお菓子で、短い手紙が添えられていた。
「悲しいときにお酒を飲んではダメ。辛い夜に酔っ払うほど飲んではいけない。お酒は何も解決してくれません。傷付いた心に効くのは甘いお菓子です。美味しいお茶をいれて、上等な器で召し上がれ」
電話で愚痴った覚えはないし、当時私を悩ませていた詳細を母が知るはずはないのに…。母親だからこそ感じるものがあったのだろう。その直感は正しかった。いい歳をして、母の美しい文字の上に涙を落とし、親の有り難さを今更のように思った。
私はどちらかというと左党で、自分のために甘い物を買い求めることはない。間食も滅多にしないのだ。母の心配通り、辛いと言っては酒を飲み、心の傷口をアルコールで誤魔化すような暮らしをしていたから、母の贈り物に戸惑いもあった。でも、きっと母の言うことは正しいのだと思えた。
香り高いコーヒーをとっておきのカップに注ぎ、お皿に並べたお菓子を一つほおばる。心地よい音楽を聞きながらもう一つ…。すると、何だか優しい気持ちになって、肩の力が抜けていったのだ。「もう少し頑張ってみようよ…」という元気も出た。不思議な体験をした午後だった。
後年、落ち込んでいた娘に「甘い物のススメ」を母にならってしたところ、簡単に却下されてがっかりした。大人になった娘は私以上に左党で、甘いお菓子など一切口にしない。娘が独り立ちしてから十年以上が過ぎたが、そういう嗜好の変化も知らないほど、母娘で別々の時間を生きているのだと実感した。この娘に提案する心の特効薬は何にしたらいいのか…私は甘い物に元気を貰うたびに考えている。