第 3048 号2007.06.24
「 ミカンの皮 」
N.Y.(ペンネーム)
もの心ついた頃、冬になってミカンを食べると、父が必ず剥いたミカンの皮を陰干しにして取って置くのを見ていた。
「何に使うの。」と聞くと父は、
「火鉢で少しづつ焼くと良い香りがするし、夏には蚊遣りのかわりになるのだ。」と言っていた。
「そんな面倒なことをしなくたって蚊取り線香があるのに。」とは思ったが、敢えて口にするでもなく、父が新聞紙にミカンの皮を広げるのを手伝っていたものだ。
父が亡くなって5年もした頃、本棚を整理していて、父が書いた終戦の年の日記帳が偶然出てきたので読み始めた。
何せ書いた時期が時期だけに、とても興味深く、「これは貴重」とドンドン引き込まれていった。
・5月24日 昨夜より今暁4時迄敵機250機の空襲を受く。
・5月25日 昨暁来襲の敵機にして所謂火達磨となりて落下しゆくを数機望見す。
・5月26日 昨夜より今暁にかけて又々敵機来襲のシツコイこと、焼夷弾の投下量の多数なること、等は24日のものに較べ様なし。
等とある中で、6月25日には「昨夜は蚊軍の大編隊により波状攻撃を受けて悩まされた。山梨へ(父を残して我々家族は山梨に疎開していたのだ)
蚊帳を送ってしまったので蚊帳が無い、蚊遣りとしてミカンの皮を薫じる。」と書いてあった。
「父は家族を疎開させ、一人東京で敵機から家を守りながら、ミカンの皮を焼いて蚊の大群とも戦っていたのか。」
ミカンの皮を焼く時のあの何ともいえない甘く、香ばしい記憶が蘇り、なんだか胸が熱くなった。