第 3036 号2007.04.01
「 桜前線 」
藤 原 信 夫(千葉県船橋市)
東京6時37分発の新幹線のぞみが静かに動き出した。
高いビル群を抜け品川を過ぎるあたりから車窓に桜の木が見え始めた。
桜の生えている場所は遠くからでもすぐにわかる。
やや高い位置から見降ろす甍の中で薄桃色の花を咲かせている白い部分が桜の花だ。
やがて沿線には緑が増えてくる。普段はなんでもない緑の風景に今は桜の花が彩りを添えている。
桜前線というけれど、西へ西へと進む新幹線の車窓から見える桜にあまり違いは見られない。
京都駅を過ぎ、木津川を渡り、山崎のあたりまで来ると山の斜面の緑の中に白い花群がいっそう増えてきた。
願わくは 花の下にて春死なん その如月の 望月の頃―と歌った西行法師ゆかりの花の寺はたしかこのあたりの山の中だった、などと桜を見ながら勝手な想像をめぐらせる。
山陽道に入るとあたりの山の形も変わってきた。沿線の山の斜面にも桜の木は生えている。人の訪れそうもない山の頂や麓近くにも誰が植えたのか桜は生えている。
ローカル線に乗り換えた。2両編成のローカル線はゆっくり走る。沿線の桜の花がもっとよく見えるようになった。短いホームの外側には古い桜の木が並んで生えている。枝の先が電車の屋根の上までも長く伸びている。
駅前のひと気のないロータリーの真ん中に古い桜の木が一本大きく枝を張って生えている。その桜の木の下で、小さな家族がしずかにお花見をしている。いかにものどかなお花見だ。
電車は短いトンネルを抜けた。眺望がひらけ、遠く左手に海が小さく見えてきた。周りの山にはあまり桜が見えなくなった。大きな岩だらけの禿山には低い松の木が生え、桜よりも山つつじが目立ち始めた。
つつじと春の土の匂いがしてくるようだ。目的の町まではあともうすこしだ。