「 樫木のお嫁入り 」
風 間 和 子(山梨県甲府市)
雪化粧で覆われたアルプスの峰々に朝日が当り金色に輝いている。
女性がどんなすばらしいドレスで着飾っても及ばない美しさであろう。
日課にしている朝の軽い散歩の中、清清しい空気を吸いながら、こんな風景を当たり前のように眺められることは贅を与えられた気分になる。
昨日、ある造園屋の前を通ったとき、大きな植木の周りをブルドーザーが掘り起こし、職人が四、五人で砂ぼこりを立て整理しているのを見た。造園屋の敷地は流石にいろいろな木々が植わっているがこんな大きな木を私がしげしげ見たのは初めてだ。途中まで掘り起こされたごつい根は四方に伸び約3,4メートルはあろうか。剥き出しの凄い根の張りようにびっくりした。
今朝もその場所を通りかかると、その木は、すっかり土から掘り起こされて、根の部分はぐるぐる巻きにされて横たわっていた。まるでボンレスハムの網目のようにきれいに装われていた。
作業中の造園主に何の木ですかと尋ねてみた。枝先は黒くて見た目 はお世辞にもきれいとは言えないが枝振りの見事さは格段であるその木の名は樫木だと言う。樫木は甲府市の木でもあり、その木自体を知らない自分に少し恥じた。この木は今日、嫁に行くだよという造園主のことばに、ああそれでこんなにきれいに根っ子を巻かれたのだと改めて思い見事な化粧に私は目を見張った。プロとはいいながら、これほど大きい木をどうして巻いたのか不思議な気がした。
花嫁衣裳を着せられた樫木の嫁入り姿は、長年この地から私と同じようにアルプスの峰々をみてどんな気持ちだったかと少し感傷的な気持ちになってしまったのは娘の嫁入りのときの光景がふと浮かんできたからだろう。
美しく着飾った姿の奥で嫁いでいく娘、それを見送る私たち、大きな喜びの中にもしんみりとした情感があった。今、物言わぬ木とこれを育ててきた造園主の心情もまた、あの時の私と同じように複雑なものがあるに違いない。