第 3021 号2006.12.17
「 微笑 」
下 林 としえ(東京都国立市)
急に冷え込んできた十二月中旬のことだった。国立の郵政大学前からバスで、立川へ行くことになった。停留所には、赤ちゃん連れの若いお母さんもいた。
生後八ヶ月だという赤ちゃんは、淡い水色のジャンプスーツにくるまれて、折りたたみ式の小さな乳母車に乗せられていた。男の子のようだけれど、色白の繊細な顔立ち、表情から、昼間は、物静かなお母さんと二人きりなのだろう、と推察される。
バスがきて、二人は乳母車ごと、前寄りの席に落ち着いた。車内は温かだった。ほどよい乗客をのせて、バスは順調に走っていた。二つ目の停留所を過ぎたとき、突然、大きなクシャミが飛んだ。「ヘッ、ショウ!」
まるで巨大なバスがクシャミしたようだった。主は、前方の席にいた熟年男性。一瞬、車内がしんとなった。と、一呼吸おいて、「わあーっ」赤ちゃんが泣いた。
とたんに、ふっ、と声にならない微笑がわいた。
「だいじょうぶ、だいじょうぶ、よ」
小声で宥めているおかあさんのやさしい声…。
澄んだ空色の赤ちゃんの泣き声、和やかな微笑をいっぱい積んで、バスは終点の立川駅に近付いた。