第 3012 号2006.10.15
「 風の奏者 」
笠 井 公 子(山梨県笛吹市)
私はいつものように公園を散歩していた。
紅葉にはまだ早く、公孫樹の葉が少し黄色味をおびはじめていた。
空は青々と澄み、うっすらと鱗雲が湧き、秋のさわやかな陽を浴びながら歩く。
遠くから明るい子供の声が聞こえてくる。
ゆっくり近づいて行くと「ドングリの森」に、保育園児の黄色い帽子が右に左に揺れている。子供達がビニール袋に楽しそうにドングリの実を拾っていた。私は暫くその光景に見とれていた。
広い公園内をゆっくりめぐり、帰りは人気のない道に入った。片側は手入れをされた紫陽花の木が並び、ところどころに夏の名残りの乾いた花が残されていた。
片側は雑木林。私はふと、何か不思議な音に気づいた。今迄聞いたことのない静かな、何と表現して良いかわからない音だった。
私は立ち止まり上を見上げた。
欅の木の枝が広がり青い葉が空間を埋め、僅かに葉が揺れている。
耳を澄ますと音はその辺りから聞こえてくるように思えた。
やさしく物が触れ合う、それもほんの一瞬の小さな音が欅の葉全体から響きあう、そんな感じだった。
私は動けなかった―。どの位たったのだろう。
小さな風が木の梢を渡った。まるで、風が手の平で欅の葉をそっと撫でてゆくように私には思えた。そして、あの不思議な音を確かに耳にしたのだった。
〈ああ、あの音は風が手の平で奏でる、欅の葉の触れ合いのメロディーだ〉と私は思った。
はじめてのこの音との出会いがとても嬉しく、豊かな気持ちで家路についた。
又、風の奏でるあのメロディーに逢いに行こう。