第 3009 号2006.09.24
「 散歩の贈り物 」
嶋 本 裕 子(品川区)
「お母さん、気をつけてね」
「それじゃあ、行ってまいりまあす」
小さなポシェットを肩から斜めにかけて、機嫌よく玄関を出る母の毎朝の後姿である。
母が妹夫婦と同居する為、遠い北海道から仙台のはずれへ移り住んではや2年。今年喜寿を迎え、もうすっかり地元に慣れ、<ゆりが丘夫人>として定着する日々だという。
ある時、日課にしている<ひとり散歩>をしていたら、初めて通った道筋で、どこからともなくスピーカーを通して大きなかけ声が聞こえてきたという。
「はい、大きく息を吸ってー。ゆっくり吐きましょうー。次は首をまわしてー。」
散歩していた母は立ち止まって自分も大きく息を吸ってー、吐いてー、すってー、はいてー。ついでに首もまわしちゃえ。
緑に囲まれた一角をよく見るとそこはどこかの小学校の校門の前。
スピーカーから流れる先生のかけ声に合わせて、教室の生徒達と一緒になって校門そばで立ち止ってひとり深呼吸をしたり、腕を振ったり、首を回したり。
数分間は続いたのであろうか、どこからかその様子を見ていたらしい先生が、校庭のわきから現われて、「うちの学校にお孫さんでも?」
「いいえ、孫はおりませんの。通りすがりのものなのですよ」「子供、お好きですか?」「ええ、ええ、そりゃもう」「それじゃ、よかったら来週のうちの学校の学芸会にいらっしゃいませんか。招待しますよ」
「まあまあ、うれしいことで」
その日の散歩帰りの道すがら、いつものように路上の草花に話しかける声は、ひときわはずんだ77歳の<ゆりが丘夫人>だったようです。
「小鳥さん、ありがとう。草さん、ありがとう。わたし、招待されたのよ。みんなのおかげね。」
母のうれしそうな顔が目に浮かぶようです。