第 3007 号2006.09.10
「 柘榴 」
長谷川 忠 男(山梨県甲州市)
ときどき散歩する道に3メートルぐらいの柘榴の木がある。秋には赤い種がいっぱい入った、はんぶん口を開けたような実がたわわに付く。
その柘榴の木が、ある日突然姿を消した。どうしたのかと思ってよく見ると、根元から切られてしまっている。直系二○センチぐらいの切り株が残っている。そしてその脇では家の新築工事が始まっている。
大分古い家だったので建て替えるのであろう。そしてついでに柘榴の木も切ってしまったらしい。
「………」一瞬、言葉にならないような言葉が頭の中を駆けめぐった。なにか大事なものを無くしたような空虚感に襲われた。そして柘榴の木があったその空間が妙に大きく感じられた。またそこにある空気が妙に重く感じられた。
柘榴の木と出会ってから十年ぐらい経つが知らず知らずの間に自分の感覚を通して心の中にその姿が強く投影されていたのであろうか。
以来そこを通る度にその柘榴の木の姿とその周辺の風景も蘇ってくる。柘榴の木が無くなってからの方がその木の存在感が強く感じられる。毎年、秋になると自分の中の柘榴の木が赤い実をたわわにつけている。