第 3003 号2006.08.13
「 真珠の指輪 」
草 浪 千都子(ペンネーム)
「良かった。はめてくれてるのね。」
食事をしている手を止めて、伯母は私の左手に、手を伸ばした。私の指には半年程前に伯母からもらった真珠の指輪がはめてあった。
今日伯母に会ったら、一番最初にこの指輪のお礼と、やっとサイズ直しが出来て、今日初めてはめて出かけた事を言うつもりだったのに、別のことで話がはずみ、そのまま昼食になってしまっていた。私はお箸を置いて、改めてお礼の言葉と、14から7へとサイズ直しが少々時間がかかったことなど、遅らせばせながら話した。
伯母は今年82歳になる。夫を原爆で亡くしてから、60年間一人暮らしを続けている。東京神田の生まれながら、縁あって広島へ嫁ぎ、子供もいなかったので、戦後一人で帰ってきてからは、小さなアパートの大家さんとして生活してきた。私が子供の頃の伯母は綺麗でふくよかで、私たち甥や姪を子供のように可愛がってくれた。友人が多く、年中旅行や観劇へ出かけ、趣味に生き、お酒を楽しみ、自由で何ものにも束縛されないばかりか、自分の事は自分で始末し、他に迷惑をかけない生活は理想そのものだった。
その伯母が去年の暮れに転び、救急車で運ばれてからは、少し様子が変わってきた。幸いたいした怪我ではなく、すぐ退院が許された後も、今までどおりの一人暮らしだが、時々電話があり、私も訪ねていくようになった。嫁ぎ先からいただいたというその真珠の指輪をもらったのも、何回目か訪ねて行った日の帰り際だった。
「不思議なのよ。この指輪は原爆の時も焼けなかったの。だからきっと、貴方を守ってくれると思うの。」
指輪に触れる伯母の温かい手に、老いを感じたことであった。