第 3001 号2006.07.30
「 明治時代風の茶の間 」
高 橋 淳 子(杉並区)
「すだれ!明治時代みたい」玄関にはいって来た介護士のKさんが大声を上げた。玄関と茶の間の襖がわりのすだれが珍しかったらしい。
やがて、入浴をすませた姉を誘導しながら、茶の間のうちわ立てや、庭先にさがるすだれに目を止めると、「やっぱり明治だあ。タイムスリップしたみたーい。優雅。見てるだけで涼しい感じがしますねえ。」Kさんの感に堪えないという口調に、思わず笑ってしまう。
お茶をいただきながら、昔は家中すだれに替えた事。今は人手がないので、茶の間だけ夏仕立てにしている事などを話す。
時々風が庭先に抜ける。その度に、涼しいとか、爽やかとか声を出していたKさん、「えっこの部屋クーラーついてないんですね」と、改めてその涼しさに驚く。「自然の風って、こんなに気持ちいいんだ」と、またひとしきり感激の言葉が続く。
我が家は昭和初期の木造建築。方々開け放しておくと風が通り、クーラーいらずが自慢である。
四季を大切にする日本人の心とか、先人の知恵について、またひとしきり話が弾む。
帰りがけに靴をはきながら、玄関の絵に気づいたらしく、「あ、目でも涼しさがかんじられるなんて新発見。私も部屋の置き物替えてみよう」とはKさんの一人言。
「来週また伺いまーす。」と茶の間の姉に声を掛けてから、「すだれ越しに声を掛けるなんて優雅ねえ。江戸時代のお姫様気分」と機嫌よく帰っていった。
何年か前に、この茶の間にすわった知人が、「まあ浮世離れの優雅なお暮らしですこと」とほめてくれた後のほろ苦さとは裏腹に、今日、明治時代だの、タイムスリップだのと、若いKさんに何度言われても、何か心楽しく、むしろ誇らしい気分さえ抱いてしまうのは不思議だった。
明治時代風の茶の間も捨てたものではない。