第 2991 号2006.05.21
「 道東の一人旅 」
長 坂 隆 雄(千葉県船橋市)
初夏の根室駅に降り立つと、ホームに『日本最東端の駅』の表示があった。
日中にも拘わらず駅前はひっそりとして、時間が停止してしまったような印象を受けた。
宿泊の根室グランドホテルのロビーにはロシア人の先客が多く、『国境の街根室』の強烈な印象を受けた。
車で、納沙布岬へと走る。延々と続く立派に舗装された道路は対向車に会う事は殆どない。まさに一望の原野を走る感じである。岬に近付くにつれ、『返せ!北方領土』の看板が目につく。岬突端の数軒の土産店が細々と店を開けていたが、訪れる人は殆ど無い。
岬に立つと、根室海峡沿いの彼方に歯舞の島々が霞んで見えた。引揚者の多くが根室に住むと言われているが、近くて遠い島々を前に、望郷の思いに涙する人も多いだろう。本土に居ては分からない4島への格別の思いに胸を打たれた。
ホテルに帰り窓を開けると、半月がくっきりを浮かんで見えた。寝るには早く、夜の街へ出た。ピンクの看板が点滅する一軒に入ると、生活に疲れたような中年のママさんが所在なさそうに煙草を吹かせていた。漁師のおっさんが入ってきて、張りのある見事なふし回わしで『霧の摩周湖』を歌った。思わず拍手すると、おっさんは続いて『羅臼』を押しのきいた声で唄った。ママさんも急に元気づいて『石狩挽歌』を熱唱した。我国最東端の街根室で聴く北海道の演歌は、やたらと私の胸に沁みた。私も負けずと森進一の『港町ブルース』を歌ったが、北海道勢の前には色褪せたものであった。
『明日はどちらへ』と聞くママさんに、『流れ流れて気の向くままよ』とキザっぽく答えると、ちょっぴり寅次郎映画の寅さんになったような気がした。
道東の一人旅は、人生の哀歓をしみじみと味わせてくれた。