第 2984 号2006.04.02
「 手裏剣が飛んだ日 」
MIYOKO(千葉県市原市)
この春、我家の玄関に燕がやってきた。長旅の末にやっとたどり着いたのに、若さのせいか羽が鮮かなルリ色で瞳はぬれてクルクルと輝いていた。やがて一羽が、「ピピッ、ギッギー。」と力強い決断の声をあげ「ここに巣をつくるぞ。」と呼びかけ、お互いに「ビーッ、キキッ、キギッ。」と意見が一致した。燕夫婦は巣作り専用粘土とおぼしき物を玄関の上にくっつけはじめた。翼を広げ作業する姿は、小さな羽が正確に重なって完成された、芸術品のようだった。
その時通りかかった知人が私に言った。
「あら、ダメよ。巣を作らせたら必ず毎年来るわよ。取るんなら今よ。」
私は大慌てでほうきを持ってきて非情にも追い払ってしまった。巣の元になる部分なのに想像以上に頑丈にくっついていて驚いた。
それから何日かたち、すっかり忘れていたころ、お隣りの家に燕がヒラッヒラリッと入っていくのを見つけた。聞くと、
「たくさんヒナガかえったみたいなの」と言う。早速見物に行ってみると、「ピヨピヨピピッピピッ」とえさをねだる声が賑やかでかわいい。
その時、ヒューンと私の前髪をかすめて、手裏剣が飛んだ。次の瞬間今度は反対の方から顔スレスレに黒い線が細い風になり何度も通り過ぎた。私だけに来るわけのわからない事態に驚き電線を見ると、燕が二羽きちんと並んで止まって私をギッと睨んでいた。その原因を思い出して私は走って家にもどった。考えてみればあの速度で自由に飛べる燕ならば私を傷つけることも追いかけ続けることも簡単なはずなのに逃げる余裕を与えてくれた。燕はどの人が優しいのか見抜く力を持って巣作りの場所を決めるのだろう。いずれにしても燕が子育てをするほんの僅かな時を過ごさせてやらなかった度量の狭さをつくづく反省した一日だった。