第 2973 号2006.01.15
「 平和の有難み 」
宇奈月 一(山梨県南都留郡)
何十年という東京での生活の根拠を、富士山麗の山荘に移してから六年ほどになる。長年の会社勤めからも開放され、残りの人生をどう生きようかという岐路に出くわして、過去の生活から縁を絶った全く新しい生き方をしようと決断した。そのためには、いろいろと誘いの声が掛かっても、都内に住んでいるようにはおいそれと簡単にいけない距離にある、長年余り使ってもいなかった山荘へ移ることにしたのだ。
そうして自然に、それまでに買い込んでは読みもしなかった本を紐とく気も起き、毎朝先ず気になる今日の富士とその時には瞬時にして千変万化する姿を目の当りにし、残雪がまだ道端にわずかに残る頃の季節には自然の旬の野草を口に季節を満喫し、野鳥の子育ての手助けのための素人なりの巣箱作りなどもし、また寒さの厳しい時期は雪掻きの後近くの温泉などに身を浸しゆったりと黙想するような事も、誰に教わることもなく何時の間にか身についてきた。世俗的な贅沢さなどとは縁遠いことは確かだが、質素で素朴な生活を自然体で受け入れている。
戦後六十年、米軍の厳しい空爆や戦後の苦しい食糧難にも耐え、長男を戦場で失った両親の悲しみと嘆きを子供ながらも身近かに目にしたにもかかわらず、両親の庇護のもと人並み以上の教育を受けさせてもらい、自分の気に入った業種の企業に入り、高度成長経済に支えられそれなりの責任ある地位にも就き、仕事の一線を退いた。
そのくせ、その長い会社勤めの合間にはほとんど考えることを忘れていた、これまでの自分の生活の基盤を支えてくれたこの国における「平和の有難み」を、中東やアフリカ大陸などの各地にいまだに戦火の絶えることのない国々の人々に思いを馳せながら、古希を迎える前の身になって、しみじみと感じ感謝している。