「 妥協 」
児 玉 和 子(中野区)
娘一家が土、日に来るのは恒例になった。
中学一年、小学五年、二年の三人の孫娘達には漫画本を買ってもらえる楽しみがある。
彼女達は来るやいなや「本屋さんに行こう」と言う。孫に甘い私は三人を従えて本屋に向かう。
「漫画でなく、文学的価値のある名作などを所望してくれればなぁ」と思うのは私の価値観で、娘婿は、漫画にはルビがふってあるので漢字を覚えるメリットがあると、あながち反対ではない。
娘は、流行漫画の主人公の名も知らなかったら、子ども社会からはみ出てしまうと言う。
そう聞くと頷けないでもない。
この娘も小学生の頃漫画の主人公に傾倒し、大人になったら探偵になると言い、漫画家になると言い、作家、ディザイナーと変わるうちに、ついに魔女になると宣言したものである。青雲の志いまいづこ。娘は妻になり、母になり、只今専業主婦の座に落ちついた。
さて、本屋で散々迷って決めた本を持ち帰ると、三人の孫は漫画の世界に没入する。
「葵ちゃん、凶器ってなあに」。静寂を破って二年生の萌は本から目を離さず五年生の葵に質問した。
「人を殺すとき使う、ナイフやピストル」
葵もまた本に目を落としたまま短く答える。
「ふーん。ありがと」一件落着と思えたのに、「鉄パイプだって、石だって凶器になるよ」
中学一年の孫娘が妹達同様に本から目を離さず言った。
萌は凶器についての知識を深めたい訳ではない。漫画のストーリーが辿れればいいのだ。「ありがと」短く礼を言う萌。静寂が戻る。
私は傍らにいて「これが少女の会話だろうか」と、あきれた。手持ち無沙汰のまま広辞苑を開いた。
凶器=『殺傷用に用いられる器具。鉄砲、刀剣のような性質上の凶器と、棍棒、斧のような用法上の凶器との区別がある』とあった。
中学一年と小学五年生の協力により『性質上の凶器』と『用法上の凶器』が説明された。
「なるほど」
私まで凶器についての蘊蓄を深めた。
漫画本を無碍に否定することもなかった。