「 70代のカルテット 」
岸 益 司(大田区)
神戸から東京に単身赴任して、この3月で丸3年。土日には、井上陽水の「少年時代」や「東京」を聞きながらの東京ブラリ旅。
2年目の秋に浅草酉の市を訪れた。鷲神社の人並みにもまれた後、裏の吉原神社で吉原の歴史を学び、吉原観音の方へ歩いていった。
小さな公園から音楽が聞こえてきたので、足をそちらに向けるとビックリした。70歳は超えているとおぼしき老人たちのカルテットではないか。ハーモニカ、ギター、ドラム、パーカッション、男性3人女性1人。戦後流行った曲なのだろうか、ほとんど知らなかったが、通りがかったお婆さんがマイクを握って「こ~んなアバズレに誰がした~♪」と歌った。どうやら、飛び入りもリクエストも自由のようだ。
何曲か聞いて帰途に着いたが、この2年間、東京で見たものの中では最も印象深く心に響くものがあった。どうしてももう一度会いたくなり、1ヵ月後の日曜日にあの公園に行ってみた。あの時の喧騒がうそのようにひっそりとしていた。年輩の人に尋ねてみたが、そんな4人はこの公園では見かけたことがないという。
去年の11月14日の日曜に、1年ぶりで浅草酉の市を再訪した。まずは鷲神社にお参りして、神戸の家族の健康・幸福とあの4人との再会を祈願した。
そして公園に向かった。ドキドキした。人々の声にかき消されてか、近づいていってもなかなか音楽が聞こえてこない。あっ、いた。うれしかった。みんな元気そうだった。ドラム担当のおばあさんは、今年もダンボールをスティックやワイヤーブラシで叩いていた。30分くらい聞いてから写真を撮ろうか逡巡していると、中年の女性がシャッターを切った。ヤラレタ!と思ってこちらも数枚撮ったが、ケイタイでは画面が小さくこの雰囲気が伝わらない。来年はデジカメで、団塊の世代が知らない古き良き昭和の残影を、永久にデジタル保存しよう。
単身赴任がいつまで続くか宮仕えの身には分からないが、東京にいる間は毎年ここにこようと決め、振返りながら公園を後にした。