第 2941 号2005.06.05
「 初夏の徴 」
小倉 小百合(ペンネーム)
それぞれの季節に、その季節の到来をまっさきに告げる徴がある。それが何かは、人によって様々だろうが、私にとっての初夏の徴は、カッコーとスイカズラである。
今年は5月18日に初めてカッコーを聴いた。走り梅雨の空の下、朗々と響き渡るあの声を聴くと、「あゝ今年も初夏が来た!」と思う。
そしてこの頃から、スイカズラの馥郁たる香りが、かすかに空気中に漂い始める。
この香りを初めて知ったのは、30年も前のイギリスで、あの国の初夏は、スイカズラの香りに満ちていた気がする。がからテッキリ西欧の花と思い込んでいた。
ところが山梨の実家に6月に帰省したら、何とスイカズラの素晴らしい香りがする。しかし私の香りの記憶に、野バラはあるが、スイカズラはなかった。どうしてだろう?と不思議だった。
謎はすぐ解けた。
いま、毎晩犬の散歩に行く。闇の中にスイカズラが馥郁と香る。その香りの源を探せば、たいてい、荒れ果てた果樹園に行き着く。放棄された園地にスイカズラが根を張り、ツルを伸ばし、果樹に絡みついてまるでジャングルのよう。
子ども時代にこの香りの記憶がないのは、当時の農村がまだ若くて働き手が十分あり、スイカズラがはびこるような、放棄された農地などなかったからだ!
言い方を変えれば、この香りが馥郁と漂うのは、地域にスイカズラが繁茂する放棄された園地が増えたからであり、それは地域の高齢化と働き手の減少を意味している。
甘く・華やかなスイカズラの香りだが、いまは現実のホロ苦さも混じる。
それにしても、果樹園をたちまちジャングルにする、スイカズラの猛々しい繁殖力と、人の嗅覚を魅了せずにはおかない、その花の甘い香気と、、、、なんという落差だろう!