第 2936 号2005.05.01
「 飛んできた蝶 」
ミホコ (ペンネーム)
春になると新しい一年が始まるような気がする。新しいことを始めてみたくなる。
若草色の木の葉がいきいきと通勤途中の車窓からみえるようになった五月のこの時期にフランス語を始めることを決心した。近所の古本屋で参考書を買い通勤の行き帰りに付属のテープを聴きながら少しづつ勉強を始めた。アーベーセー・・・ぶつぶついいながら久しぶりに鉛筆を握っての勉強だ。車窓から時折気持ちのよい風が入ってきては頬にあたる。しばらくして集中していると突然隣の方から「あのこれ女房からですが」と小さな包みを手渡された。驚いてみてみると、老夫婦が座っていらした。包みには水色とピンク、赤のレース糸で編まれた小さなかわいらしい手芸品の蝶が入っていた。本にはさめば触覚のところがしおりになる。おばあさんは小さな声で「若い方は一生懸命勉強してくださいね」
と言った。それからすぐに電車は止まり夫婦は降りて人波の中に消えてしまった。どういう事情で編まれたかは分からないが大変美しい小さなレース網みの蝶である。
あれから2年が過ぎた。何度かやめたいと思った勉強も続いている。
それは参考書に挟まれた蝶のおかげでもあると思う。ささやかなものに思いのほか励まされているという気がする。私もいつか年を重ね、どこかで勉強している若い人をみかけたら、思いがけず飛んできた蝶のしおりを、あの言葉とともに手渡してみようか・・・と時折考えたりする。