第 2931 号2005.03.27
「 菜の花幻想 」
真 紅(ペンネーム)
柔らかな日差しの降り注ぐ春の午後、私は郵便受けの前で立ちつくしたまま涙を流していた。
大学、就職、結婚と故郷秋田を離れてもう16年目になる。その間、母は飽きもせず手紙を書いてよこした。日常のこと、父や兄嫁の愚痴、昔の思い出と、いつもたわいのないことばかり。そんな手紙を私はいつも郵便受けの前でさっと開封し、適当に読んだ後は引き出しの中にしまう。引き出しの中は、二度と読むことはない、けれどなんとなく捨てられない手紙であふれんばかりになっている。
その日も、いつもの手紙が届いたので、いつものように郵便受けの前で開封した。案の定、父が煙草を吸いすぎる話と昨日みたテレビの話・・・ちょっとため息をつきながら次の頁をめくる。すると、そこには一句、俳句が添えられていた。
「菜の花畑のまぼろし 幼いあなたが駆けてくる」
瞬間、目の前に一面の菜の花畑が広がった。若き日の母が両手を広げて私を呼んでいる・・・私も母を呼んで力一杯駆け寄って抱きつく・・・・。
何故なのか、わからない。涙が止まらなくなった。
花の好きな母だった。当時の私の故郷は自然にあふれ、母はいつも私の手を引いて散歩にでかけた。そして、いろいろな草花の名前を教えてくれた。夏はハマナス、秋はコスモス、冬はネコヤナギ、そして、春は菜の花・・・・。
そう。あの頃の菜の花畑は、今も私と母の心の中に共にあるのだ。
その日以来、菜の花をみるたびにちょっと涙腺がゆるんでしまうようになってしまった。