第 2927 号2005.02.27
「 冬を結ぶ 」
Y(ペンネーム)
私は、冬の終わりに生まれた。
ちょっど春分の頃だから、春の始まりと言っても差し支えはないけれど、やはり「冬の終わり」という言葉の方がしっくりくる。
大気は徐々に緊張をほどき、蕾はふくよかに揺れ、土の下では虫たちが目覚めている。彩りを増す春の薫りに、みんな冬を忘れようとしている。
冬の終わりの夕方。その年は暖冬で、母の故郷の北国にも雪は残っていなかったらしい。陣痛が始まって分娩室に向かう廊下の窓から、大きくて鮮やかな夕陽が見えたと母は話してくれた。目では見ていないその眩しく美しい景色を、私はくっきりと思い浮かべることが出来る。
たぶんそれは母親と共有した最初の記憶で、私の大切な想い出だ。
だから、今でもいちばん好きな季節は冬の終わり。春を待って、こころもからだも落ち着かない少しそわそわした日々。私はいらない物を捨てたり、手紙を書いたり、丁寧に散歩をしながら、ゆっくりと冬を結んでいく。
そして、またひとつ歳をとる。