第 2901 号2004.08.29
「 今年の夏 」
古 藤 千 賀(埼玉県上尾市)
……そしてこの夏、私は二十年以上も後頭でまとめてアップにしていた長い髪を切った。
女性が髪を切る時、とかく周囲の人々はあれこれ理由を聞きたがるが、私の場合は心理的理由もなく切った。
あえて理由を言えば、長くて量も多いので、シャンプー後、完全に乾く迄の長い時間がわずらわしいことと、ギュッとしばると目立つ白髪を減らしたいことだった。
四十代から始まった白髪への変化を、私は自然な変化と思い、一度も染めたことはなかったが、仲間と写した写真を見る度に私一人、表情がボーッと霞むようになり、染めることを決心したのだ。が、長年娘達が行きつけの美容室で相談の結果、染めずにショートカットという結論になった。
髪が伸びてもヘアスタイルが乱れない娘達のカットの素晴らしさを見ていた私は、迷わずに切ることを決め、鏡の前に座った。
切れ味の鋭い鋏が小気味良い音をたてる。開始後、わずか二、三回のカットで何か頭が軽くなった。ゴムでギュッと締めつけていたことからの開放感と言ったら大げさだろうか。
カット終了後の鏡の中の私は幾分、表情が和らいだ気がする。
そして何より嬉しく楽しいのは、通勤途中自転車で走る雑木林の脇道で、髪の毛一本一本の中を、朝の涼しい風が吹き抜けてゆく爽やか感を味わえること。
思いがけずに手にした至福の時だ。毎朝のヘアスタオルの手入れが簡単というだけで、頑なに守ってきた髪型を変えるだけで、こんなにも生活感が変るとは思ってもみなかった。
日々の暮らしの中で、思い切って一歩を踏み出すということ。平凡な日常を変化させて、新しいことを始められるかもしれない。
今年の夏の終りの小さな出来事です。