「 リフトに揺られて 」
沢木 よう子(ペンネーム)
8月、谷川岳、天神平は濃いピンクのシモツケソウの真っ盛りだった。
振り向くと朝日岳がどっしりそびえている。
「もっと上までリフトがあるわ。」植物愛好仲間7人は、このごろ楽する方をとる。
2人づつリフトにすくい上げられるのを見送り、私は最後に1人でふわっと空中の人になった。右下には一の倉沢が荒々しい切れ込みを見せている。谷川岳の頂上は霧の中だ。
私は1人でリフトに乗るのが好き。その日の気分で相棒を自由に空想できるから。
この時は、山男のベーさんを思い浮かべた。彼は学生時代のコーラス仲間だけれど、当時から山岳部と掛け持ちしていた。東京育ちなのに、むくつけき顔と木こりみたいに無骨な手をしていた。一緒に遊ぶ5、6人の仲間の1人だったが、彼には心のときめきを感じたことがなかった。そのためにかえってしゃべりやすく何かと相談できる便利な友達だった。
ある時「こんな詩を作ったんだ」と見せてくれた。ロマンチックな
詩で、思わず「柄じゃないわね」と言ってしまった。急にしょんぼりして、しばらくよそよそしかった。
急に足元に、目の覚めるような青空色のエゾアジサイが現れる。リフトはがたっと震えて、ぐんとせり上がった。
べーさんは8歳も若い奥さんをもらい、「ウチのはかわいいんだ」と相好を崩していた。最近は味のあるいい顔になって、男も幸せが風貌を作るのだと感心する。私が何かでメゲていると、「元気出せよ。ようさんらしくないよ」と背中を叩いてくれる。無骨な手が温かい。ハンサムだ、カッコいいと外見に惑わされていた私は、男の人の心根が見えなかった。この歳になってやっと思い知る。
展望台だ迫ってきた。ベーさんはふいっと消え、リフトはがたがたっと揺れて、速度を落とした。私は飛び降りた。
山の空気はひんやりと心地よく、仲間達が手を振っている。