第 2894 号2004.07.11
「 “森からきたささやき”という美術展にて 」
山下 ますみ(東京都国分寺市)
会場には懐かしい“人達”がいた。彼らは、楠でできている。顔は、絵の具やパステルで彩色され、等身大の彼らの真正面に立っても、視線が合うことはない。大理石でできた目は、どこか遠くを見ている。
彼らの眼差しの先にあるものが、ゆかしく思われてならなくなる。数年前、写真集で見たとき以来、忘れられなかったのは、その眼差しだった。
“遠くを見つめている人は、実は自分をみつめているのかもしれない。”
彼らを造った彫刻家の舟越桂は言う。
夫は、彼らを斜め右、斜め左からといろんな角度から見る。
「こっち側から見ると笑っているように見えるよ」「何か話しかけているような気がしてくるね」などと言っては、目を細めている。そのたびに、わたしも夫の言う角度から見ては、あいずちを打つ。
結婚以来、十数年ぶりに夫と訪れた美術館だった。
人を感動させようとか、新風を吹かせようとか思わない。先人の作品を陰から支え、芸術の懐の深さを伝えるような仕事がしたい。そのような意味の作者のメモ書きが、展示の中にあった。神様への祈りにも似た、仕事への謙虚な思いが伝わってきた。
夫は言った。
「これは、自分のやっていることに不安になったり、自信を失いそうになったりしたとき、作者が自分自身に言い聞かせている言葉だと思う」
夫もまた、現在、仕事上で岐路に立っている。
森のにおいをまとった彼らに見送られて、私たちは紫陽花のぬれる街へ出た。