第 2893 号2004.07.04
「 頂天眼 」
佐藤 真子(杉並区)
駅前にペットショップがある。夏を迎えようという季節柄、店の前に金魚の入った大きなポリ容器が出された。『琉金』『コメット』などと金魚の種類を書いたボール紙が並ぶ中に『頂天眼』と書かれた紙があった。思わず私は足を止めた。子供の頃、私はこの金魚が何より恐ろしかったのだ。
赤出目金の変種で、突出した両眼が、文字通り真上を向いている。
その形状も、その名前の響きも、どうしようもなく恐ろしくて、その写真が載っている百科事典を手に取ることさえ恐かった。いまから思うと、ちょっとどうかと思う臆病ぶりではあるが、何だか懐かしくなって、恐いもの見たさのような気持ちで、私は真上から容器を覗き込んだ。
たくさんの金魚に混じって、6センチほどの頂天眼が一匹泳いでいた。
真上を向いたその眼と視線が合った(ような気がした)。
ああ、コレだ。コレが恐かったんだ――。
いまは、もういいオトナである。いまさら恐いわけではないが、その時の『恐怖』の記憶は、はっきりと覚えている。
大人になった今では、その恐ろしげな形状もユーモラスに見えないこともない。何より当時の『恐怖の記憶』が懐かしく、私は、かなり長いこと頂天眼を眺めていた。
値段は780円。いっそ、買ってしまおうか――、ふと、そんな気にさえなった。
しかし、日々自分自身のことで精一杯、いくら心惹かれても生きも
のを飼う資格はないぞ、と常々自らを戒めている身である。心を残しつつも私は店前を離れて歩き出した。
数日後、再び覗いた時には、もう頂天眼はいなかった。誰かに買われていったのだろう。なんとなくほっとするような、名残惜しいような、そんな気持ちで、私は頂天眼のいない金魚の容器を眺めていた。