第 2880 号2004.04.04
「 スイトピーとケーキ 」
相沢 次子(埼玉県川越市)
週一度のお稽古通いに利用しているバス。始発に近い停留所から乗るので、私はいつも後部座席に掛けて窓の外を眺めている。折々いろいろな場面に出合って面白い。
風の強い日だった。ひとりの老人がバスからやっと降りた、そのとたん、風に帽子を飛ばされた。カラカラと、帽子はバスの脇の横断歩道を転がって行く。扉の近くに乗り合わせていた男性がとっさに飛び降り、数歩走って帽子を拾った。男性は走って戻ってきて、まだバスを降りたままの位置にいる老人に帽子を手渡した。老人はやっと帽子が飛んだ方向に身体を回したところだった。男性は何事もなかったように、またバスに飛び乗った。運転手はその間バスを発車させずに待ち、戻ってきた男性にそっと礼を言っていた。あっという間の出来事、しかも老人の乗客の多いバスの中では気ずかなかった人も多かった。
ちょっといい場面だった。
今日も、後部座席から外を眺めていたら、バスを降りた年輩の男性が、そのままバスの脇を歩いてきた。左手に透明のビニール袋を下げている。パッと明るい光が映ったので、つい、そちらに目が行ってしまった。ビニール袋にはいっていたのはピンクのスイートピーの束だったのだ。「まあ」と思ったら、その下にケーキの箱が!私の「まあ」は「わぁっ!」に変わった。「きっと今日は誰かのお誕生日、もしかしたら、おばあさんの!!」
知合いの人と道ですれ違っても素知らぬ顔で挨拶もなしに通り過ぎて行ってしまいそうな、むっつりした感じの老人。見かけは“偏屈じいさんの”おしゃれな心遣いに、私の心は人知れず勝手に浮き浮きしたのだ。
春まだ浅き3月、花は香っていた。