第 2879 号2004.03.28
「 私の父 」
汲田 紀子(国分寺市)
季節の変わり目。何だか懐かしい匂いがする。特に寒い冬から暖かくなる瞬間の春の匂いが昔から大好きだった。
年をとるごとに柔らいだが、まだまだ気むずかしい父が毎日せっせと足を運ぶ。病院。母を見舞うため。一年間、入退院を繰り返す母に尽くす父。昔では考えられない光景。
病院食がいやでおにぎりが食べたいと言えば、ぶかっこうなみそおぎりを握って持って行く。卵焼きが食べたいと言えばやっぱりぶかっこうに焦がして作って持って行く。胸が熱くなる思いだ。
いつもカリカリ怒りっぽかった父。いつもぶつぶつ父の不満を言っていた母。それが……昔の仕事柄、色々調べて、“取材”して母の病気のことを調べる父。それにすがっている母。
病気のおかげで夫婦愛というものを感じることが出来たと言っても過言ではない。
母を見舞って帰る際、いつも父と母は握手かハイタッチをして帰る。
思わず目を細めてしまう。そんな、握手、ハイタッチの母の手の力がいつしか段々弱まってきた。
いつもより暖かくなるのが早かった春。大好きだった春の始まりの匂い。今はもう好きではない。
相変わらず気むずかしいが、どこか弱々しい父。毎日せっせと足を運ぶ必要がなくなった。
がんばれ、お父さん。ありがとう、お母さん。