「 下田の風 」
鶴田 寿子(横浜市)
海辺で育ったせいか、時折無性に海を見たくなる。先日、友達のリゾートマンションを使っていいとのことで早朝5時起きで下田へ向かった。下田へ近づくにつれて車窓から入ってくる風がだんだん暖かくなってくる。きっと黒潮の影響だろう。ビューポイントで車を降りて風に当たると、体の隅々に滞っていたものがなくなって不思議なエネルギーをもらえる気がしてくる。亡くなった母が「潮風はどんな病気も直してくれる」と言っていたのを思い出した。
昼間の心地よいドライブを終え、待望の夕食の時となった。ガイドブックで下調べをしていた会席料理、伊勢エビラーメン、寿司などの店を見て回るがいまいちピンとこない。そこでメイン通りから入った路地を歩いてみる。ここは地元の人達の商店街のようで、雑然としており親しみやすさを感じた。その中で金目鯛専門店と書かれたこざっぱりした店が目に留まった。前の方に干物が並べられ、隅の方には金目鯛の押し寿司、そぼろご飯、煮付けがおかれている。
「もしよかったらお二階で召し上がってください。すべて母の手作りです。」と感じのいい娘さんが話しかけてきた。
二階へあがると清潔なキッチンと和室が一部屋あった。しばらくして先ほどの料理の他に金目鯛の身の入ったみそ汁とつかり具合のいいぬか漬けが添えられて出てきた。すべて上品な薄味で私の舌を満足させてくれた。白いポロシャツを着た、とても漁師のおかみさんとは見えない中年の女性が「八丈島の漁から帰ってくる夫においしいものを食べさせたくて料理好きになりました。」と話しながら給仕してくれた。
きっと夫の無事を祈りながら、あれこれ献立を考えていたのだろう。
そんな彼女の気持ちが伺える料理だと改めて思った。
外へ出ると11月だというのに下田の風はふんわりと春のようだった。