第 2841 号2003.07.06
「 紫陽花の名 」
加々美 敦子(足立区)
初夏のある夕方、花屋の紫陽花にふと目が留まった。
緑の葉のところどころに、コンパスで描いた円のように白い小花が並ぶ、額紫陽花だった。都心にある勤め先の近くにも、路地を曲がれば昔ながらの小さい花屋が店を構えている。会社帰りの私の足は、紫陽花に惹かれて止まった。以前はどことなく地味な印象のこの花を、好きだと思ったことはなかった。けれど、時の流れと経験はときに人の好みや考えを知らぬ間に変えていく。学生から社会人となり、結婚もして、もう3年が経つ。少しずつ、生活のリズムも穏やかに落ち着き、花屋の店先の眩しいような色彩の中から、白い紫陽花に目を留めている自分がいる。
そのとき、花屋のご主人が話しかけてきた。
「この紫陽花ね、〈墨田の花火〉という名前なんですよ。」
その名前にはっとした。ケーキのような家が規則正しく並ぶ、郊外の新興住宅地の実家から、結婚を機に移り住んだのが義理の両親の家と隅田川にも近い、下町と呼ばれるところだった。結婚当初は町独特のがさがさした雰囲気になじめず、わけもなく落ち込んだ。義理の両親との距離感がうまくつかめずに、自分をもてあました。
それが、いつの頃からか…。近所にも行きつけの店ができたり、おおらかな気持ちで接してくれる義理の両親の暖かさを、気ずくと少しずつ理解できるようになっていたのだった。
ご主人がにこにこと、枝ぶりのよい鉢を私にかざしてみせた。白い小花がぱっと散るように咲いているのが、なるほど花火を思わせる。
下町の夏の風物詩と紫陽花の名。なんと風流な名前をつけたものだ。
「その紫陽花、いただきます。」義理の両親の笑顔を思い浮かべながら、私は答えていた。
もうすぐ、下町の空を彩る花火の季節がやってくる。