「 朝風と私のおはなし 」
馬上 紗矢香(千葉県松戸市)
アメリカに住んでいた頃のある日、私は朝6時に起きて、いつものようにコーヒーを買いに出て行った。ちょっと遠回りしてみようかと坂を下ると、橋の向こうは朝焼けの光が差し込み、私を誘い込んでいるかのようだ。橋の上から見る太陽はきれいだろうな、と私はその誘いに応じた。東にはワシントン記念塔の真上に太陽が輝いていた。そして反対側には消えかけた月がまだうっすらと残っている。夜明け、まさに私は夜と朝の間にこの橋の上にいるのだ。朝の方角にはアメリカのシンボルたちが並び、そして夜の方角にはまだ開かれぬ森が広がっている。アメリカの夜明け、文化の夜明け、そんなものを私は見て
いるかのような錯覚にとらわれた。
そんなことを考えていたのは束の間、私の体は一気に吹き飛ばされそうになった。強風だ。重い私でも飛ばされそうになることがあるのね。と喜んでいる場合じゃない。ふと橋の下を眺めると、カヌーをこいでいる若者が!こんな強風の日に!負けてはいられるか。と、変なところで負けず嫌いの私は、橋の上を走り始めた。すると今度は息が出来ず、さらに吹き飛ばされそうになる。今日は完敗です。風さん、あなたの勝ちです。そう思った私は体を斜めに保ちながら、吹き飛ばされないように一歩一歩ゆっくりと踏みしめて橋を渡りきった。
あれ?そう言えば戻らなくてはならないのだ。今まで体を左に傾けて渡っていたが、今度は右だ!こっちはさっきよりもきついな。もう何がなんだかわからなくなってきた。こういうときは歌でも歌え!と誰もいないのをいいことに私は大声で歌いまくった。息苦しい。それでも歌う。あまりにも一生懸命歌ったので、橋を渡るのが早く感じた。
橋を渡りきった時の私は、もう平衡感覚など無くなっていて、フラフラだった。
でも気分は晴れやかだ。なんだか体も宙に浮いたような、軽くなったような気分だ。そして軽やかに、私はいつものコーヒーショップへと走っていった。